研究紹介

社会的弱者と協働したトランスディシプリナリー研究

  • 教員: 佐藤 哲
  • 学科:
  • キーワード: 開発途上国、貧困、内発的イノベーション

研究の目的と方法

人類はさまざまな複雑で解決困難な課題に直面しています。国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)は、このような深刻な課題を、2030年までに人類が達成すべき17の目標に整理しています。しかし、その目標はどれもたいへん複雑で、その解決に向かって歩みを進めることは決して容易ではありません。私たちは特にSDGsの目標1に掲げられた「貧困の解消」という課題について、その解決に役立つトランスディシプリナリー科学のあり方を理解し、具体的に実践していくことを目指しています。そのために、2017年4月から3年間の予定で、大型の国際研究プロジェクト「貧困条件下の自然資源管理のための社会的弱者との協働によるトランスディシプリナリー研究」(TD-VULSプロジェクト)を開始しました。アジア、アフリカを中心とした開発途上国と新興国7か国の9地域で、地域のコミュニティと深く関わってきた研究メンバーが、貧困層に属する社会的弱者との濃密な対話を行い、それを通じて、人々が直面している課題をあぶりだし、その解決に向かって人々が自ら創り出しているイノベーションを見つけ出そうとしています。地域コミュニティの中から生まれてきた「内発的イノベーション」をたくさん集めて、その有効性を確認し、世界各地の地域コミュニティで試してみることによって、自然資源を有効に活用することを通じて貧困の解消を促すグローバルな動きを、地域からのボトムアップによって創りだすことができるでしょう。

研究の特色

貧困に苦しむ開発途上国の人々は、これまでは日本などの先進国などからの助けが必要な、「支援の対象」と見なされてきました。私たちのトランスディシプリナリー研究の最大の特徴は、このような社会的に弱い立場にある人々を援助や支援の対象として見るのではなく、自らさまざまな知識を生み出し、直面する課題の解決につながるイノベーションを起こすポテンシャルを持った「重要なアクター」と位置づけることにあります。このような眼鏡をかけて開発途上国の人々と真摯な対話を積み重ねることによって、私たちは人々が自ら創り出している独創的なイノベーションを数多く見つけることができました。たとえば、東アフリカ・マラウィ湖沿岸の漁場で地域コミュニティによって1950年代から毎年途切れることなく実施されている雨季の禁漁、インドネシア・スラウェシ島で地域の人々が中心になって創り出してきた国際的に評価されている高品質のカカオ生産の仕組み、トルコの乾燥地域で続けられてきた地下水に依存しない水資源にやさしい伝統的農業などです。このようなイノベーションが社会的に弱い立場の人々の中から生まれてくるメカニズムと、それを他の地域にも広げていくための仕組みを考えるために、地域の人々を研究の対等なパートナーとしたトランスディシプリナリー研究を進めています。

研究の魅力

貧困という困難な条件の中で内発的イノベーションを創りだしている地域のイノベーターのみなさんと出会い、対話し、いっしょに考えていくことは、私たちにとってとても刺激的で楽しい経験です。地域社会の現場から生まれるイノベーションの中には、研究室に閉じこもっていては思いつくこともないような新たな視点や発想があります。私たちは、弱い立場にある開発途上国の人々から、新しいことをたくさん学び、目からウロコが落ちる経験を積み重ねてきました。たとえば、先ほどのマラウィ湖沿岸で1950年代から続いている雨季の禁漁は、私たちの先入観のせいで、どう見ても水産資源管理のための仕組みに見えます。私たちは、はじめはそれを疑うこともなく、資源管理を意図して作られた仕組みだと思いこんで分析してきました。ところがある日、このコミュニティのリーダーでありこの仕組みを創りだした人の孫にあたる村の酋長さんと話をしていたら、彼はごく自然に、最初はこの禁漁は資源管理を意図したものではなかった、と語り始めました。なんと、雨季に多い雷から漁師の生命を守るために、曽祖父に当たる当時の酋長さんたちが考えたものだったのです。産卵期である雨季を禁漁とすることは、資源管理に絶大な効果があるのですが、それはあくまでも、漁民の安全を守るための取り組みの副産物でした。青天の霹靂とはまさにこのことです。私たちは、自然資源の持続可能な利用を考えるときには、当たり前のように資源管理を目的とした仕組みを考えます。しかし、貧しい漁民の日々の生活を支えることと漁業管理の制限を伴う資源管理を両立させることは、ふつうはたいへん困難です。ところが、地域のイノベーターが創りだした禁漁の仕組みは、生命の安全というとても切実な課題の解決の副産物として、漁業資源も守られるという仕組みになっていました。このような発想こそ、開発途上国の困難な状況の中で自然資源の持続可能な管理と活用を進めるために必要なものだったのです。各地の開発途上国のイノベーターのみなさんといっしょに研究することで、私たちはこのような豊かなアイデアと発想を学び続けています。

 

参考

(1)TD-VULSプロジェクトについて、詳しくはプロジェクトのウェブサイトをご覧ください。
(2)TD-VULSプロジェクトはJSTの冊子「持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた産学官NGO等の取組事例」にも紹介されています。
(3)この研究の基盤となったトランスディシプリナリー科学の理論と成果については、以下の書籍で詳しく説明しています。
 ・『フィールドサイエンティスト-地域環境学という発想』佐藤哲 東京大学出版会 
 ・『地域環境学-トランスディシプリナリー・サイエンスへの挑戦』佐藤哲・菊地直樹 編 東京大学出版会 
(4)マラウィ湖の雨季の禁漁の仕組みについては、『里海学のすすめ-人と海との新たな関わり』(鹿熊信一郎・柳哲雄・佐藤哲 編 勉誠出版)の第7章「村人が湖の漁業資源を自らの手で管理する-東アフリカ・マラウィ湖」(佐藤哲)をご覧ください。