授業紹介

地域商業論

授業のねらい

生活基盤にはたらきかける商業者・流通業者のイメージ

流通論の標準的な議論においては、生産と消費を効率的に結びつけることが商業者・流通業者の基本的使命であると考えられてきました。こうした観点の下では、品質のよい商品を、できるだけ低コストで消費者の元に送り届けることが、商業者・流通業者に求められます。もちろん、こうした役割は、現在でもなお重要といえます。
しかし、上記のような説明だけでは、地域社会の生活基盤それ自体を支える地域密着型の商業を十全に評価していくことが難しくなっています。たとえば、人口減少化社会、商店街や中心市街地の衰退、まちづくり三法の改正、買い物弱者問題、あるいは地域社会における応災力(災害対応力)の涵養、といった課題に正面から向き合おうとすれば、商業者や流通業者にも、上記のような効率的商業・流通認識とは幾分異なる役割が求められているように思われます。
このような問題意識から、本講義では、「生産と消費の効率的架橋」といったオーソドックスな流通課業認識を相対視し、商業者(とくに小売商業者)が地域社会の生活基盤の維持にどのように貢献できるのかといった観点から、新時代の商業・流通のあり方を考えました。

授業の内容

以下のように授業を進めました。

第1講では、上述した授業のねらいを確認しました。つづく第2講では、この授業で考えるところの「地域商業」概念の定義を確認したうえで、「商業」、「retail」といった概念の意味や、「地域に密着」することの意味について議論しました。
第3~4講では、商店街の組織化をめぐる論点に触れ、「横の百貨店」をめざすという着想と、各々が「一国一城の主」であるがゆえに生じる問題について、議論しました。また、矢作敏行ほか編著『地域商業の底力を探る』(白桃書房、2017年)において提唱された「文化表現力」概念を紹介し、小売店舗がそうした力を発揮するための条件について議論しました。
第5~6講では、商店街振興や大型店規制に関する法律(百貨店法・商店街振興組合法・大規模小売店舗法)について解説し、とくに大規模小売店舗法成立の背景にあった考え方について踏み込んで確認しました。
第7~8講では、中心市街地活性化を考えるための基本的論点として、まちづくり三法の概要、コンパクトシティ論、また、近年存在感を高めつつあるエリアマネジメントの考え方について確認し、さらに、高松丸亀町商店街の取り組みを紹介しました。
第9~10講では、イベントによる集客の一過性問題に悩んできた商店街の新しい取り組みとして、商店街活性化をめぐる議論の中で「三種の神器」ともよばれているイベント(100円商店街・バル・まちゼミ)について、それぞれのねらい・意義・課題について確認しました。
第11講では、それまでの授業の内容をおさらいしました。こうしたプロセスを経ることで、教員の側も、自分の強調したかったポイントが受講生たちにどの程度伝わっているのか、感覚をつかむことができました。

ゲスト講話

第12講では、第13講のゲスト講話を有意義なものとするために、ゲストの活動するまちである松山市三津地区の現状について予習しておくことにしました。なお、その時に紹介した諸論点については、さらに掘り下げたうえで公開論文にまとめています。ご興味のある方はご高覧ください(山口信夫「衰退商業地における新規開業事例に関する研究:松山市三津地区におけるワークライフバランス事業者を事例にして」『マーケティングジャーナル』第38巻第3号、2019年)。
第13講では、松山市三津地区で喫茶店を営む田中章友さん(島のモノ喫茶田中戸)とパンの製造小売店を営む小池夏美さん(N’s kitchen**&labo)をゲストとしてお招きし、お店の概要、経営上のこだわり、三津地区で開業した理由などについて、お話をおうかがいしました。お2人とも、「自分らしい生き方を実践するため」の手段として起業を位置づけておられる点が印象的でした。
第14講では、地域商業の課題と題して、震災対応や、文化表現力の発揮、商店街イベントの横展開問題、市場が縮小均衡する中での再開発の問題点などを解説しました。
最後に、第15講で期末テストを実施し、第16講では補講を実施しました。

2018年度の授業をふりかえって

日和山から石巻市門脇・南浜地区をのぞむ(2012年3月撮影)

地域商業をとりまく諸問題について考えるための論点は多岐に渡るため、授業の期間内で、それらの全てを説明し尽くすことは困難です。例年、どの論点を紹介し、どの論点を省略するかといったことに頭を悩ませています。
他方で、論点が多岐に渡るということは、実はそれ自体地域商業論という学問分野の特性でもあります。論点の取捨選択をおこないすぎると、地域商業論ではなくなってしまうかもしれません。
こうした問題意識から、受講生の理解できる範囲でできるだけ多様な論点を取り扱い、また、それらの論点が相互に関わり合っていることを可能な限り示すように努めました。たとえば、商店街組織化の困難性に関する論点や、コンパクトシティ論の考え方などは、授業で紹介している他の論点ともかなりの頻度でリンクしています。既に紹介している他の論点との関わりも示しながら進むことで、多様な論点の星座的連関を提示できるよう心掛けました。
ところで、この授業で紹介した論点を全て理解できたならば、いわゆるタウンマネージャーと呼ばれる職業や、自治体の商業系担当部署職員の適性があると誇ってよいように思います。また、そうした職業に興味がなくとも、まちを楽しく、元気にしていく活動に興味のある人にとって、この授業で紹介する議論は参考になると思います。仕事柄、愛媛の商店街やまちづくりの現場を回ることが多いです。いつの日か、この授業を履修したことのあるキーパーソンに出会える日を楽しみにしています。