授業紹介

製紙化学Ⅰ

授業のねらい

製紙化学Ⅰでは、紙を構成する木材パルプや製紙薬剤の化学構造について解説し、紙に機能を付与する方法や紙を効率的に製造する方法を学びます。

授業の内容

◯紙への機能付与

紙とは、主に木材からパルプと呼ばれる繊維を取り出し、水に分散させてシート状にしたシンプルな素材です。現在では、パルプ繊維に薬剤を加えることで紙の特性を変化させています。水に対する性質を例にとって説明します。パルプだけで作った紙は水をよく吸収(吸水性)する一方、水を吸うと強度(湿潤強度)が著しく低下するため、用途に応じて吸水性や湿潤強度を調整します。

・トイレットペーパー
 吸水性は必要ですが、水に流した時にほぐれるよう、湿潤強度は低く抑えます。

・ティッシュやタオルペーパー
 水に濡れた状態で使用しますので、吸水性と湿潤強度の両方が高いレベルで求められます。

・筆記用紙
 軽く濡れても破れないよう、湿潤強度が求められます。ボールペンやマジックペンでの筆記や印刷時には、適度にインクを吸収する必要があります。

このように、製品によって吸水性と湿潤強度をコントロールしています。

◯紙の吸水性をコントロールする

紙の吸水性について考えてみます。紙が水を吸収するということは、紙は水に対して親和性がある(親水性)ということです。なぜ、紙は親水性なのでしょうか?紙の原料であるパルプ繊維は化学的には主にセルロースから構成されています。セルロースの化学構造を図に示しますが、セルロースはグルコース(ブドウ糖)が多数連なった分子です。グルコース(ブドウ糖)は水酸基(-OH基)を多く含み、水とよく馴染むため、グルコースから成るセルロースが親水性であることも当然です。
それでは、紙の吸水性を低下させるにはどうすればよいでしょうか?一例として、紙の中に水と馴染まない物質(撥水剤)を定着させる手法があります。代表的な撥水剤のアルキルケテンダイマー(AKD)の化学構造を見ると、炭素と水素からなるアルキル鎖があり、この部分が水とは馴染まないため、アルキルケテンダイマーは撥水剤として機能します。

◯ 紙の湿潤強度をコントロールする

次に、水に濡れた時の紙の強度について考えます。なぜ、紙は水によって強度が低下するのでしょうか?紙を拡大した電子顕微鏡写真を見ると、パルプ繊維が網目を形成していることがわかります。パルプ繊維間は水素結合で結びついており、この水素結合は水が存在すると切れてしまうため、紙は水に濡れると強度を失ってしまいます。
紙に湿潤強度を持たせるには、パルプ繊維間に水によって切断されない結合を形成させればよいということになります。製紙業界では、パルプ間に架橋構造を形成するポリアミドアミンエピクロロヒドリン(PAE)という湿潤紙力増強剤が用いられています。PAE間の架橋構造は水素結合と異なって水によっては開裂しないため、PAEをパルプ繊維上に定着させてパルプ間に架橋構造を形成することで、紙に湿潤強度を付与できます。

教員から一言

一見、紙は単純な材料に見えますが、上記の強度や吸液性に加えて、外観、触感、印刷特性などの特性、さらにコスト、操業性も考慮して製造されています。また、紙に機能を付与するためには、適切な製紙薬剤を選択することに加えて、それらを「どの程度」「どのように」「紙のどの部分に」添加するかも重要です。上記の吸水性および湿潤紙力強度の付与はあくまで一つの手段ですが、本講義で紙を構成する木材パルプや製紙薬剤の組成や構造、紙の特性が発現する原理を理解することで、紙に機能を付与し、その特性を制御する方法を提案できるようになります。