研究紹介

古建築・石造物・絵馬を中心とした文化財の研究、そしてその活用

モノ(実物)を見るということ

近年、デジタル機器の急速な発達により、デジタル(写真やCG等)に満足し、実際にモノ(実物)を見る機会が失われつつあるように感じます。私の前職は博物館の学芸員でしたが、博物館においても資料はデジタルで保存・公開し、モノは減らすというような議論が常にありました。一方で、私が専門としている文化財学では、研究の対象とする古建築(神社・寺院・住宅・城郭)や石造物(石碑を含む)、絵馬などの実物を徹底的に調べることから始まります。重要なのは、実際にモノを見る・触れる・感じるといった行為なのです。そして、それらの行為を通じて得たものを論理的に組み立てる、あるいは未知の分野に対して能動的な姿勢をもつことが大切です。

研究の実際-鞆町の社寺建築-

研究の一例として鞆町の社寺建築を紹介します。この研究では、まず実地調査として実測図の作成・建築年代判定・細部意匠調査・後世の改造の調査及び復元考察のための痕跡調査・写真撮影を行いました。その調査結果をもとに社寺建築の建築年代や構造・意匠(彫刻など)の特徴を文献や絵画資料、聞き取りなどを合わせて考察し、さらに他地域と比較することで、その特色を解明しました。その結果、鞆町には広島県内には建築遺構が少ないとされる17世紀に造立されたものが14棟も残っていることがわかりました。その理由としては、同時代の古文書等を検証した結果、商人の経済力を背景としたものと考えました。また細部意匠は、県内の他地域と比べて先進的かつ秀逸なものが多数あり、京都や大坂から直接に最新建築技術が入ってくるという地理的環境によるものと推測しました。さらに随所に見られた独特な台輪は、明王院本堂(福山市、国宝)を模倣したものと考えられ、地域における細部意匠の伝播を窺うことができました。

なお、実地調査の手法は対象によって異なります。例えば絵馬の調査研究では、画題・作者・奉納者・奉納年・規模の調査、写真撮影などを行います。ただし、何を対象にするにしても、実物をじっくりと調べることに変わりはありません。少し格好良く言えば、しゃべることのできないモノの声を様々な手法を用いて聞き、それを他者に伝える研究と言えます。

研究成果を活用する

さて、このような研究の成果はどのように活用できるのでしょうか。例えば、古建築の調査研究では、実測図・復元図・写真等で記録を残し、建築年代を判定するので、今後の修理工事や文化財指定の指標を示すとともに、保存・活用への道を開くことになります。また、埋もれがちな地域の文化財を正当に評価することにもなり、地域研究の発展だけでなく地域の魅力の再発見にも繋がると考えています。

また他分野連携も進めることができます。一例として、エコミュージアム活動が挙げられます。歴史遺産をはじめ自然遺産など様々な分野で地域づくりの素材となる資源を評価して、それらを活かした周遊観光プログラムをつくり出すことを目指すことで、地域遺産の保全・活用と域内ネットワークの強化の両立を検討しています。

なぜこのような研究をするのか?

今日、私が見ているモノは、これまでどれだけの人が見てきたのでしょうか。その中にはきっと歴史に名を残した著名な人物もいたはずです。もしかしたら、自分の先祖も含まれているかもしれません。そう考えるとそのモノに対する見方が変わり、楽しくなりませんか?。私が見たモノを後世の人たちにも同じように見てもらいたいというのが、研究動機のひとつです。欲を言うならば、そこにひとつでも自身の研究成果が反映され、見た人が「へぇ」と思ってもらえたなら、これ以上の喜びはありません。