研究紹介

地域の自然の歴史的変化を読み解き、資源管理に生かす

  • 教員: 徳岡 良則
  • 学科:
  • コース: 環境サステナビリティコース
  • キーワード: 植生、文化的景観、生物多様性、里地里山、在来知

専門分野と背景

私の専門分野を一つ上げるとすると「植物生態学」になります。特に人と植生の関係に対する興味が主眼にあり、研究ではたくさんフィールドに出かけて様々な植物や植生を観察し、それらがどのような理由で今、そこにあるのか?ということを考えていきます。その過程で、教科書や研究論文でこれまでに報告されてきた内容とは異なる不思議な現象や、誰も取り組んでいない新しい評価視点に気づくことがあります。そしてその植生の姿を記録すると同時に、植生の成立する気象、土壌、標高といった環境条件も記録します。加えて重要となるのが、これまで人がその場所で、歴史的に見てどのような資源利用をしてきたのかということです。そのため学際的な視点を持って、絵図、古文書、方言、人口や産業に関する資料などの情報にそって、現在の植生の成立理由を考えていきます。このような分析を通して、地域の植生や風景が形作られてきた歴史をより深く理解し、それらに対する愛着や誇りを持つことは地域の自然資源管理に重要なことだと考えています。以下、これまでに取り組んできた研究例を紹介します。

学際的手法で地域の植物の分布経緯を探る

(1)豊後水道沿岸地域のアオギリの分布経緯

西南四国にはアオイ科の落葉高木のアオギリ(Firmiana simplex)が分布しています(写真1)。この木は在来種か外来種なのかよく分かっていません。愛媛県では愛南町の西海鹿島にアオギリが単独で繁茂した林があり、自然性の高い森林と言われることが多いです。しかし西海鹿島は暖温帯に位置し、教科書的にはこのような場所では、長い年月が経過するとシイ、タブノキなどを主な樹種とする常緑の照葉樹の林が発達するとされています。このアオギリについて、植物の分布、利用方法、植物方言を統合的に評価しました。その結果、アオギリは豊後水道沿岸の多くの漁村周辺に偏在していて、樹皮繊維を漁具や民具(写真2)に使うことが共通していて、愛南町西海ではアオギリの材がイカ釣り用の餌木にも活用されていました。特に九州では盛んに植栽して、繊維採取をしていたようです。このようなアオギリの方言を西日本で比べてみると、四国、九州、沖縄にかけて類似の方言があり、これらの事実は、樹皮繊維利用の文化が海路を通じて共有されてきたことを示しています。そのため現在豊後水道沿岸地域に見られるアオギリの多くは人為的に植栽し広められたものが今日まで残されている可能性が高いと考えられました。

写真1. アオギリの葉(左)と幹(右)の様子

写真2. アオギリの樹皮繊維で作られた細引き

(2)大洲市肱川沿いの境木の歴史

肱川は愛媛県の大洲盆地にその中流域があり、歴史的にもこれまでに度々河川氾濫による被害が発生してきました。この河川氾濫の後で川沿いの畑地の境界線を復元するための知恵として、様々な樹種の境木が古くから植えられてきました(写真3)。それぞれの樹種がいつ、どのような理由で植えられてきたのかについて、境木樹種の分布調査に加えて、現地の高齢の農家さんを中心に樹種の方言や利用方法を教えてもらいました。その結果、この地域では、ボケ(Chaenomeles speciosa)の和名が、そのままその他の多くの樹種に対しても用いられていて、境木の総称的に「ボケ」という呼称が使われる傾向にありました。さらには実際に過去半世紀ほどの間にボケ(C. speciosa)がマサキ(Euonimus japonicus)に植え替えらえてきたという証言もあり、少し前の時代には今よりもボケ(C. speciosa)が多い風景がより一般的だったと予想されました。加えて、近現代の産業の名残として、養蚕のため植栽されたクワ(Morus spp.)や柳行李の材料だったコリヤナギ(Salix koriyanagi)も所々に境木として残されていました。このように現在、大洲市肱川沿いの畑地景観は、時代ごとに境木樹種が少しずつ入れ替わりながら、今の姿となっているようです。

写真3. 大洲市八多喜の境木

メッセージ

ここで紹介しました研究例のように、地域の皆さんに昔の植物の利用方法や方言について教えてもらうことが、現在の植生の成立経緯を理解する上でとても効果的な場合があります。地域の自然の歴史をより深く理解し、現在そして将来の資源管理に生かしていく、そのような研究と人材の育成に貢献したいです。

 

参考文献

徳岡 良則, 早川 宗志, 木村 健一郎, 高嶋 賢二, 藤田 儲三, 橋越 清一 (2016) 学際的手法で探る豊後水道沿岸域のアオギリの分布に対する人為的影響. 日本森林学会誌 98: 199-206.

Tokuoka Y, Yamasaki F, Kimura K, Hashigoe K, Oka M (2019) Tracing chronological shifts in farmland demarcation trees in southwestern Japan: implications from species distribution patterns, folk nomenclature, and multiple usage. Journal of Ethnobiology and Ethnomedicine 15:21.