研究紹介

住まい選びにみる都市の暮らし、独身の自由

専門分野と背景

私の専門分野は人文地理学です。経済現象を対象にする経済学、物理現象を対象にする物理学、心や行動を対象にする心理学・・・といったように一般的に学問分野は研究対象によって定義されますが、地理学をそのように定義することはできません。地理学を地理学たらしめるものは見方や考え方にあります(鈴木 2023)。現象の地域差を見て、地域差が生じる理由について地域の構成要素から考える。この視点に学問分野としての地理学の独自性があります。地形や気候といった自然現象を対象にするのが自然地理学であり、人口、経済、文化、政治といった人間活動に関する現象を対象にするのが人文地理学です。現象が展開する場として特に都市的地域に着目する都市地理学は、人文地理学のサブカテゴリを成しています。

都市地理学の主要な研究課題に都市内部構造の解明があります。都市内部構造とは機能を異にする地域の集合として都市を捉える視点です。高度経済成長期以降、都市が拡大する過程で都市内部は業務・消費機能に特化した都心と居住機能に特化した郊外とに分化しました。都市内部構造は人びとの暮らしに影響を与えます。たとえば子育て。郊外に住む人は都心の職場まで毎日通勤しなければなりません。郊外に住む核家族で都心でフルタイム就業できるのは夫婦のどちらか一方のみです。なぜなら朝夕に子を保育所まで送迎する必要があるからです。高度経済成長期以降の都市内部構造には夫が働き、妻が家事・育児するというライフスタイルを規定する面がありました。

都市内部構造は人口移動(住み替え)によって形成されます。高度経済成長期、農村から都市への大規模な人口移動が生じ、都市は増加する人口を抱えきれなくなりました。それまでの都市の範囲の外側に住宅地が開発され、郊外への移動者が増加しました。都心から郊外への住み替えは個人のライフサイクルと関連しています。すなわち独身時代は都心の下宿や寮、アパートで暮らし、結婚・出産を機により広い住宅を求めて郊外に転居する傾向があります。郊外の爆発的な人口増加の背景には日本の核家族化がありました。

晩婚・非婚化時代の住まい選びと都市内部構造

東京圏(東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県)の都心(東京都区部)では単独世帯が増加しています(図1)。地方や郊外から都心に転居してきた若者が、従来のように結婚・出産を機に郊外に移動することはせずに、未婚のまま都心に滞留しているのです。未婚者の住まい選びに着目すると、彼らの暮らし方が見えてきます。

未婚者は、家族形成者のように配偶者や子の事情を考慮しなくてよく、比較的自由に住まいを選ぶことができます。一方で、労働者としての未婚者は自らの労働力を自らの手で回復させねばなりません。衣食住を揃え、自分をケアしなければならないということです。未婚者が重視するのは職場までの時間的・物理的距離の短さです。都心に住めば通勤時間を短縮でき、その分仕事や家事、余暇活動に充てられる時間が増加します。また、都心には商業施設や飲み屋街が集積しており、それらにアクセスしやすくなることも都心居住のメリットです。仕事終わりに気軽に飲みに行けるかもしれません。場所のもつ雰囲気やイメージも重要です。「中目黒」や「三軒茶屋」といった地名から想起されるイメージを日常生活に投影すべく、特定の地名が示す地域を選ぶことがあります。

都心の未婚者の多くは民間賃貸住宅に住んでいますが、中には新築の分譲マンションを購入する人もいます。一国一城の主です。分譲マンションはワンルームマンションの賃貸住宅よりも広く、多彩な間取りプランから自分好みのものを選ぶことができます。1LDKや2LDKに1人で暮らすゆとり。都心の民間賃貸住宅に住む未婚者が2~3年で転居を繰り返すのに対して、都心の分譲マンションに住む未婚者には永住予定の人が少なくありません。たとえ結婚などで自分のマンションを離れることになっても、資産価値が比較的高い都心のマンションであれば、売却したり賃貸したりすることができます。

東京の家賃は高い。都心であればなおさらです。低所得者層の未婚者は工夫して都心居住を叶えています。たとえばシェアハウス。風呂やトイレなどの設備を共用することで、家賃支出を抑えたまま都心の便利な場所に住むことができます(図2、図3)。シェアハウスと聞くと、出会いを求める人が住むイメージがあるかもしれません。ですが実際には経済的理由で選ばれる傾向があります。とはいえ、入居者の中には同居人との偶発的なコミュニケーションを楽しむ人もいて、シェアハウスでの共同生活に地縁・血縁や選択縁とは異なる関係性の萌芽を見ることができます。ほかにも、東京都心では10㎡程度の新築狭小アパートや築古の風呂無しアパートに住む若者が注目を集めています。彼らは住宅の面積や築年、設備を犠牲にして、家賃支出を抑えたまま都心居住を実現している層とみなせます。

上京ガールたちのその後

ここまで紹介したのは地方出身女性の上京後の姿でもあります。私が以前実施したアンケート調査では、東京都中央区の民間賃貸住宅に住む未婚女性の53.4%、東京都中央区の分譲マンションに住む未婚女性の49.3%、東京都台東区のシェアハウスに住む未婚女性の79%が非東京圏出身者でした。

東京圏では1990年代後半以降、転入数が転出数を上回る転入超過が続いています。少子化や人口減少の要因と言われる、人口の東京一極集中です。東京圏の転入超過数は男性よりも女性の方が多く、上京した女性が地方に戻らないことが政治問題となっています。彼女たちは地方の何が不満なのでしょうか?その不満を解消する方法はあるのでしょうか?彼女たちが東京から地方に戻るためには地方に何が必要なのでしょうか?東京一極集中是正の糸口は、地方の環境や地方移住者に注目するだけでは、見つからないかもしれません。むしろ上京した女性たちの暮らし方や人生設計について知ることが重要ではないでしょうか。是正の可否についても話し合えるようになるはずです。

 

文献

鈴木康弘 2023. 地理学の基礎概念と研究分野・研究手法. 日本地理学会編『地理学辞典』12-13. 丸善出版.

図1 東京都区部の人口・世帯数の推移

(国勢調査により作成)

図2 東京都区部のシェアハウスの分布

図3 東京都区部のシェアハウスの家賃および最寄り駅からの距離の分布