研究紹介
インキ消去機能紙の開発 ~ ボールペンで書いた文字を消しゴムで消せる タイマー機能付の紙の開発 ~
- 教員: 内村 浩美
- 学科: 産業イノベーション学科
- コース: 紙産業コース
- キーワード: 機能紙、インキ消去、ボールペン、消しゴム、タイマー機能
はじめに
皆さんは、ボールペンで文字を書いている時に、「アッ 間違えた!」という経験をしたことはありませんか?
一般的に、ボールペンで書いた文字は訂正したい時に消しゴムで消すことができません。文字を消すための文具として、インキ消しや修正テープ、最近ではボールペン上部のラバーとの摩擦熱によって文字を消せるボールペンもありますが、前者は修正した跡が残ってしまいますし、後者は常時消去できることから「公式文書には使用できない」と明記されています。
そこで、「ボールペンで書いた文字(インキ)を消しゴムで消すことができる紙があったらいいなぁ~」と思ったことはありませんか?具体的なイメージとしては、図1に示すように、ボールペンで「愛大 太郎」と書いたけれども「太郎」を「次郎」に訂正したい場合、「太郎」という文字を消しゴムで消去して、その上に「次郎」と書くことができる紙であれば利便性が高くなります。しかしながら、ボールペンで書いた文字は本人確認(筆跡確認)の観点から修正できないようにした方が文書としての信頼性を確保できます。そこで、『一定時間内であればボールペンで書いた文字(インキ)を消しゴムで消すことができて、しかも、所定の時間が経過すると文字(インキ)を消去できなくなるタイマー機能を付与した機能紙』(以下、インキ消去機能紙という)があったらいいなと思いませんか?
図1 インキ消去可能な機能紙のイメージ図
紙産業コースでは、上記のような『こんな紙があったらいいなぁ~』を合言葉に、紙の素材や製紙・紙加工技術、新しい紙製品の開発を四国中央キャンパス(四国中央市)で行っています。四国中央市は愛媛県の東予地域にあり、紙産業が盛んな「紙のまち」です。市町村別の紙の製造品出荷額は2004年から連続して全国1位であり、紙・パルプ、紙加工製品が工業出荷額の約8割を占める「紙関連産業都市」として発展してきました。我々は、大学の研究室で開発した新しい紙製品や技術を実用化するために、地元の企業や公的機関の方々と連携しながら四国中央市で研究開発を進めています。
研究の内容
それでは、『一定時間内であればボールペンで書いた文字(インキ)を消しゴムで消すことができて、しかも、所定の時間が経過すると文字(インキ)を消去できなくなるタイマー機能を付与した機能紙』ってどのようにしたら作製できるのでしょうか?
このような現象を可能にするためには、紙をどのような構造にすべきかを検討するとともに、ボールペンインキの固化メカニズムを理解して、インキの乾燥挙動を制御することにより、図1に示すような特性を実現できると考えました。研究の進め方としては、ボールペンインキの乾燥を制御するために、①紙にどのような材料を、どのような構成で付与したら良いかを検討し、仮説を立てました。②その仮説を基に機能紙の設計コンセプトを立案しました。③設計したコンセプトに従い、機能紙の作製およびその評価(効果確認)を行いました。④作製した機能紙上のインキ挙動について、インキの浸透具合と溶媒の揮発の観点から分析を行い、設計コンセプトどおりの紙の構成とインキ浸透および固化挙動になっているか検証しました。特に、②設計コンセプトの立案において、所定の時間内であればインキを消去できるということは、所定の時間内においてはインキが流動性を有するということであり、この流動性を保持するためには、インキが固化する時間を抑制する必要があると考えました。そこで、ボールペンインキの組成、乾燥方式および固化メカニズムについて調査を行いました。その結果、ボールペンインキの乾燥方式は蒸発乾燥と浸透乾燥の2つの方式があり、これらの乾燥方式を紙基材で制御するためには、基材上にインキ浸透を抑制する構造を形成する必要があることが分かりました。すなわち、紙の表層部を緻密な構造にする必要があると考えました。しかし、単に基材上にインキ浸透を抑制する構造を形成すれば良いわけでありません。紙としての風合いや柔軟性、インキとの親和性も求められるため、これらの特性を発現できる素材を選定する必要があります。そこで、本研究では紙素材であるセルロースナノファイバー(以下、CNFと略す)や高分子材料を用いて、これらを紙表面に塗工して、インキ浸透を制御する紙層構造を作製しました。
図2は、試作したインキ消去機能紙にボールペンで書いた文字を筆記直後に消しゴムで消去している様子を示した写真です。図に示すように新しい機能紙は、筆記直後はボールペンで書いた文字(インキ)を消しゴムで消去できることが分かります。
図2 ボールペンで書いた文字を筆記直後に消しゴムで消去する様子
次に、ボールペンで書いた文字(インキ)を消去できなくなるタイマー機能を確認するために、ボールペンで筆記後、一定時間経過してから消去試験装置を用いて試験を行い、その効果を確認しました。その結果を図3に示します。上段が消去前、下段は消去後の様子です。筆記直後の場合はインキを消去することできました。そして、3時間経過後は少しインキが残っており、24時間経過するとインキが残存していることが分かりました。つまり、24時間以降ではインキを消去できない機能紙を開発することができました。なお、現在では6時間でインキ消去できないようにコントロールする技術もできており、タイマー機能についても自由に設計・制御できることを確認しました。
図3 新しい機能紙のインキ消去試験結果
研究の魅力と皆さんへのメッセージ
インキ消去機能紙の開発は、『こんな紙があったらいいなぁ~』という発想からスタートしました。インキの浸透を制御する紙基材を開発するためには、多くの課題がありましたが、新しいアイデアをいくつも提案することにより、課題を一つずつ解決しました。そして、その成果が得られる度に、「感動」と「達成感」を感じました。現在では、最終製品を頭に思い浮かべながら、実用化にワクワクしながら研究を進めています。また、本研究のように、従来の技術では困難と考えられていた事象に対して、小さな技術を一つ一つ積み重ねていくことにより、「不可能」を「可能」にすること、すなわち、イノベーションを起こすことも研究の魅力だと思います。
我々が開発したインキ消去機能紙は、愛媛大学独自の技術として特許出願しました。そして、地元企業に本技術を提供しながら実製造に向けた共同研究を進めています。このような新しい技術や製品を愛媛から全国に、そして、世界に発信することによって、皆さんの生活を便利にできる技術や製品を提供していきたいと考えています。
従来の方法では困難と思われていた技術でも、科学の原理を理解した上で、オリジナルの工夫を加えながらチャレンジしてみることが重要だと思います。皆さんも科学の力を活用して、社会を変えるイノベーションを我々と一緒に起こしてみませんか?