研究紹介

地域資源を有効活用したセルロースナノファイバーの調製とその利用

  • 教員: 秀野 晃大
  • 学科:
  • コース: 紙産業コース
  • キーワード: セルロースナノファイバー、柑橘果皮、乳化、酵素

はじめに

皆さんは、セルロースナノファイバー(CNF)という言葉を聞いた事があるでしょうか?CNFは、セルロースを含む植物繊維をナノスケールまで解した幅3~100nm程度の極微細繊維です。髪の毛の太さが約0.1mmですから、それの1/1,000~1/30,000程度の幅しかありません。しかもただ細いだけでなく、CNFは、鉄の1/5の軽さで5倍の強度を持つと言われ、樹脂の補強材として注目されると共に、高い反応性、ガスバリア性、透明性などの多くの機能を有する植物由来の新素材です。日本国内の研究者が2000年頃からCNFについて研究を始め、2014年頃から急速に注目を集めています。紙の原料であるパルプから製造可能ということで、国内外の製紙会社が競って研究開発を行い、製品化も行われています。

研究紹介

愛媛県ではミカンジュースやタオルがブランド化され、有名ですが、それぞれ柑橘や綿といった農産物を加工して作られています。加工においては、セルロースを含む廃棄物が発生します。例えば柑橘ジュース搾汁後の残渣は、愛媛県内で約1.8万トン発生し、約3割が産廃処分されており、有効活用が求められています。それらを原料としてCNFを調製する事で有価物として生まれ変わります。CNFの製造法については、現在、化学的な製造法や変性法が主流ですが、生体触媒である酵素を用いることで、省エネルギー且つ安全なCNFの調製が可能になります。

我々は、愛媛県の特産品である柑橘類の搾汁残渣(果皮)から、ペクチナーゼを用いて、簡便なCNFの調製に成功し(画像1)、2014年に国際誌で報告しました。柑橘果皮からCNFを調製した世界で初めての報告です。さらに数年後、既に市販されているCNFに比べて、柑橘果皮CNFの乳化能が高い事を明らかにし、食品や化粧品類への用途に適した素材として提案しています(画像2)。

我々の地道な研究活動の結果、2018年に産官学のプロジェクトが発足し、2021年には地元の製紙企業が独自に柑橘果皮CNFの商品化に至っています。さらに愛媛県内企業によって、柑橘果皮CNFの乳化能を利用した化粧品類製造および販売が2021年以降に開始します。我々のような大学の研究者が、地域資源の有効活用について”0”から”1”の仕事を行い世界に向けて発信し、その知見を活かして地元企業や公的機関が協働しながら、”1”から10、100と発展させ世界初の製品として実用化に至る、産官学の研究開発例となりました。

その他、綿加工時に排出される廃棄綿に対しては、セルラーゼ処理を行う事で比較的簡便なCNF調製を可能にすると共に、透明性の高いシートを試作しました(画像3)。さらに綿由来CNFの特徴として、結晶性および熱分解温度が高い事を明らかにし、コンポジットフィラーや医薬品関連への用途に向けた開発を提案しています。他にも、木材パルプ由来のCNFに対し、ヘミセルラーゼ処理によって変性する事で、耐熱性を向上させる事にも成功しています。

現在、我々は柑橘果皮CNFの乳化能およびゲル化能の発現メカニズムの解明や、酵素処理CNFの物性解析という基礎的な研究から、それらの機能を用いた新たな用途開発について研究しています。今後も地域資源を有効活用したCNFの新たな機能探索と用途開発を展開していく予定です。

画像1. 柑橘果皮CNF

画像2. 柑橘果皮CNFと保湿オイルの乳化試料

画像3. 廃棄綿CNFシート

おわりに~皆さんへのメッセージ~

さて、ここまで読んでくださった方はお気づきでしょうか。上記は、全て地域の植物バイオマスを活用した研究です。20世紀の化石資源に依存した社会は、大気中に大量のCO2や煤煙を排出する事で、気候変動や大気汚染等多くの問題を生み出し、持続不可能になりかけていました。光合成によってCO2を固定する植物バイオマスの活用は、2015年に国連総会で設定された「持続可能な開発目標:SDGs(Sustainable Development Goals)」の、いくつかの項目を達成する一つの手段となりえます。

例えば製紙産業は、木材を活用したバイオマス産業の成功例です。製紙原料の木材調達においては、植林を通じた持続可能な森林経営、工場ではバイオマスボイラーの導入によるCO2削減や、古紙の高度利用によるリサイクルの推進が図られています。しかし、近年、IT導入によるペーパーレス化や少子化に伴う国内人口減など、構造的要因によって紙の消費量が落ちており、紙以外の用途も含めた新しいバイオマス活用産業を創出する必要に迫られています。全国でも有数の製紙会社が、柑橘果皮CNFの製品化にチャレンジしたのも良い一例ではないでしょうか。

我々は、地域に点在する未利用バイオマスの有効活用を目指し、酵素や微生物といった生物機能をうまく使って植物バイオマスからCNFを代表とする有用な素材や物質に変換する研究を行っています。製紙産業の成功事例を大学と現場で学びながら、地域の植物バイオマスを有効活用し、将来の新しいバイオマス産業を創る為に一緒に研究しませんか?