研究紹介

美味しい養殖魚を作るための研究

  • 教員: 斎藤 大樹
  • 学科:
  • コース: 海洋生産科学コース
  • キーワード: 味、育種、品質、データ分析、養殖

はじめに

私たちの研究室では、マグロの仲間「スマ」という魚の養殖研究に取り組んでいます。これまで私たちは、環境制御とホルモン注射によりスマ種苗を必要に応じて生産する技術を確立し、「スマの完全養殖」を実現しています。飼育している魚から受精卵を採取し、それを親にまで養成してまた種苗を生産する、というように人間の管理の下でスマの養殖サイクルが完結しているわけですね。「完全養殖技術」は、より良い魚を生産していくために非常に重要です。管理された魚の中から最も優れた魚を選び出して種苗生産*の親に用いれば、世代を繰り返すたびに養殖魚の性能(成長効率や養殖適正など)が向上することになります。実際、愛媛県で生産されているブランドスマの「媛貴海(ヒメタカミ)」と「媛スマ(ヒメスマ)」は、私たちが南予水産研究センターの生簀で育て上げ、さまざまな観点から選びぬいた親魚を用いて生産したものです。

同じ日に生まれ、同じ日に水揚げされた養殖スマ。美しい魚です。下の個体のような高成長個体を選抜しブランドスマの親とすることで、養殖スマの性能を高めています。

養殖スマはそもそも、とても美味しい魚ですが、私たちはより美味しい魚の生産を目指しています。養殖スマの中からより美味しいものを選び出して種苗生産すれば、理屈では世代ごとに味が向上する可能性があります。しかし、「より美味しい」という概念は研究対象として取り組みにくいです。例えば、私が美味しいと思うものが他の人にとって美味しいとは限りません。そもそも、「味覚」という個人的体験を他の人に正しく伝えることは極めて困難です。イギリス留学中に食べた「ビーフシチュー」を東郷平八郎が日本の料理人に作らせたところ「肉じゃが」が出てきた、という都市伝説もあるくらいです。

*種苗生産:受精卵を採取し稚魚期まで育てること。

研究内容

そのような感覚的なものをどのように調べれば良いのでしょうか。私たちが取っているアプローチは極めてシンプルです。試食データや機械(味認識装置)による数値化した味のデータ、それに加えて筋肉中の化学成分の解析や、生簀から取り上げたときの環境情報、魚体の大きさや幾何学的形態の測定値や年齢など、スマ1個体から得られるデータすべてを取得し、それを多数の個体で積み重ねることで「美味しい魚の特徴」を大量のデータから導き出しています。これまで、一匹の魚から150項目以上の測定値を取得し、そのようなデータを1,000個体以上積み上げてきています。定量化しにくい「味」を細かい要素に分解して点数化し、それを様々なデータと比較することで、「どの時期の魚が美味しいのか?」「味の評価が高い魚にはどのような特徴があるのか?」「評価が低い魚に多く含まれる成分は何か?」などを調べています。このように、大量のデータを解析することで、味に関して思いもかけなかった事実が浮かび上がってきています。

スマのサンプリング風景。教員・学生が皆でデータ取りを行います。分析項目は多岐にわたります。

すべてのサンプリング個体からDNAを抽出し、遺伝情報も解析します。

進路を探しているみなさんへ

スマは大きい魚のため解析項目も膨大です。このような仕事は決して一人ではできません。南予水産研究センターでは、生簀作業から実験サンプルの処理まで、教員・学生が一丸となって取り組んでいます。この研究は新しい取り組みですので、教員よりも学生の方がよく知っているということも度々あります。私はもともと魚の発生学の研究者です。そちらの研究も並行して行っていますが、上に示したとおり、スマの養殖研究の面白さに引き込まれ今は「スマの味の研究」で日々忙しくしています。私達が行っている研究は未開拓の分野です。研究すべきことは、まだまだたくさんあります。私たちの取り組みに興味があれば、私たちの仲間になって、一緒に研究しませんか?

おわりに

ここまで読んで気がついた人もいるかも知れません。「どんなに美味しい魚でも、データを取るときには生きていないため、その個体から種苗を生産することはできないのではないか。」そのとおりです。ですが私たちは、その問題を解決するための方法をいくつか考案し実行しています。その内容については、みなさんが愛媛大学に入学してからお話しすることにしましょう。