研究紹介

衰退商業地におけるワークライフバランス起業の実態に関する研究

衰退商業地におけるワークライフバランス起業の実態に関する研究

地方都市における商店街をとりまく現状

中小企業庁の実施する商店街実態調査には、定番の質問項目として商店街の景況感に関する意識調査が含まれています。その結果を時系列で比較してみると、商店街の凋落傾向は一目瞭然です。「繁栄している」と回答した商店街の割合は、1970年度には40%近く存在していたのに対し、1990年度には10%を切り、1990年代半ば以降は1~2%台で推移し続けています。

上記のように、全国的にみて商店街をとりまく環境は厳しい状況にあります。その上、上記のデータは、相対的には健闘している大都市部の商店街も含めて集計されたものです。地方都市の商店街はさらなる苦境にあえいでいるといってよいでしょう。地方においては、周辺地区人口の減少に伴い、地区住民の購買力が落ち、商店数の減少に歯止めがきかない商店街も枚挙に暇がありません。住居へと建て直されてしまった店舗ないしは駐車場化された区画の方が存在感を発揮する商店街も決して珍しくありません。こうした商店街にかつての賑わいを取り戻すことは至難の業といってよいでしょう。

再開発の問題点

ところで、衰退商業地の再活性化手法として長らく期待されてきたのは再開発でした。しかし、保留床の上乗せを前提にする再開発は、経済のパイが安定的に拡大していた時代であればいざ知らず、商圏人口が減少していく状況下においてはもはや時代遅れとなりつつあります。具体名を挙げての言及は避けますが、商圏人口の減少を読むことができずに、商業床を拡大させる再開発に踏み切った全国的にも著名なとある地区は、現在では深刻な空き店舗問題に直面しています。ましてや、地方都市における衰退商業地の多くは、予算的制約により、再開発を計画することすら難しいのです。こうした状況下においては、再開発とは異なる商業地再生のシナリオが求められています。

衰退商業地に集まる若手事業者たち

上記のような観点から注目に値するのが、地価・家賃相場の下がった地区に、新しいスタイルの若手事業者が店舗を集積させつつある事例です。大阪でいえば中崎町の事例が有名ですが、ここ松山においても三津地区の事例が注目を集めつつあります。そして、そうした若手事業者たちには共通点があるように思われます。

  1. こだわりの商品・サービスを提供している。決して安売りしない。
  2. リノベーション、あるいは内装のセルフビルドを好む。結果的に開業資金をおさえることに成功している。
  3. 職住一致ないし近接を好む。経営と家族生活との両立を重視する。
  4. 休みをしっかりとる(例:週3回)。あるいは柔軟に休みをとる(例:不定休)。
  5. 一般的な企業家志向の経営者に比べて、店舗の拡大志向が希薄である。

上記のような事業者たちが自発的に集積するに至った衰退商業地においては、再活性化に向けての正のスパイラルが回る可能性もあります。三津地区においてそうしたスパイラルが回りうるかの判断については今後の推移を見守らなければなりませんが、その可能性は十分にあるでしょう。そうなった場合、三津の事例は「脱・再開発のまちづくり」のモデルケースとなるかもしれません。

ワークライフバランス起業とは?

上述した若手事業者たちは、理論的には「ワークライフバランス起業者」として把握することができます。「ワークライフバランス起業者」とは、仕事と生活の調和を重視する起業者のことです(川名和美「小規模企業の新たな社会的位置づけ――『ワークライフバランス起業』の可能性とその支援」『商工金融』〔一般財団法人商工総合研究所〕第65巻第11号、2015年)。ワークライフバランス起業者たちは、自らの起こした事業に縛られるのではなく、子育てや家族との時間も重視し、身の丈にあった店づくりを心がけ、その分だけ、店舗経営には自らのこだわりを反映させています。端的にいえば、自分らしく働くことを重視した起業のあり方といえます。

受験勉強に精を出し、難関大学を出て、大企業に就職し、安定した収入を得ることが、人生の成功方程式と考えられた時代もありましたが、今日ではそうした価値観が相対化されています。むしろ、相対的に高学歴で、バイタリティにも溢れたエリート層が、大都市から地方への移住を選択し、移住先で起業するような時代です。ワークライフバランス起業者たちが存在感を発揮するに至っているのも、こうした時代背景と無関係ではないでしょう。

当面の検討課題

当面の課題として、ワークライフバランス起業者が集まりやすい条件は何か、明らかにすることが必要です。そのためには、ワークライフバランス起業者と目される事業者たちを対象にしてヒアリング調査を実施し、彼・彼女らの経営実態を明らかにするとともに、どういった要因が彼・彼女らの立地選択に有意な影響を与えたのかについても明らかにする必要があります。昨年度、そうした調査の第一歩を踏み出したところです(松本芽衣・山口信夫「ワークライフバランス起業の成功条件に関する探索的研究――松山市三津地区を事例にして」『地域創成研究年報』第12号、2017年)。

研究のためには領域横断的な知見の獲得も必要になります。これまで筆者が専攻してきた商業論およびその隣接分野の学問(マーケティング論、経済学、経営学、起業論)はもちろんのこと、社会学、都市計画論、公共政策論などの知見も摂取しながら研究を進める必要があるでしょう。また、地域の食材にこだわる若手事業者の多さも勘案すると、農業や水産業に関する最低限の知見も必要になるでしょう。